「特にビーフシチューは興味を持つキッカケとなった料理で、最近また口にしたばかりだからすぐに同じ味だと分かった」
「そう、だったのですね」
フェリシアは涙を右手で拭いながら返す。
「あぁ。だが、婚約の手紙を届け、お前を花嫁候補にした理由はもう一つある」
「え、もう一つ……?」
聞き返すと、エルバートは真剣な眼差しを向ける。
「調べた結果、お前の両親が魔を祓う力を持つ者だったからだ」
「え、そんなはずは」
フェリシアが動揺するも、エルバートは話を続ける。
「料理の皿にいつも添えていた花が、魔を祓う効果のある花だった」
「その花を知っているということは力を持った家系かもしれないと思ったから調べた」
「自分の花嫁候補にする者が力を持っているかどうかは私に取っては大きく、いくら食事が自分にあっていても、力がない者は花嫁候補にはしない」
「今までも自分の近くに置く者はすべて力があるか、どのような家系であるかは調べている」
フェリシアはエルバートの言葉を聞いて驚く。
母に花を添えるといいと教えられていたことをぼんやりと覚えていて、実行していたけれど、
まさか、花に魔を祓う効果があっただなんて。
それだけではなく、伯母に嘘をつかれていた?
伯母なら嘘をついてもおかしくない。
「ともかく、毎日、美味い飯を作ってくれ」
「はい」
命じられたフェリシアがそう短く答えると、
エルバートは更に付け加える。
「そして、明日の晩はお前もここで食べろ」
「はい…………え?」
フェリシアは唖然とする。
伯母と食事をする時はいつも伯母に罵倒されながら食べ終わるのを見守り、
その後は食事を抜きにされるか、一人で食べたりしていた。
だから、エルバートのような雲の上のような人が、自分と食べるなどという発想が全くなかったのだ。
「いいな?」
「は、はい」
念を強く押され、フェリシアは肯定するほかなかった。
(力のためにと打算的な人柄かと思ったけれど、真実を教えてくれただけで優しい人なのかもしれない)
* * *
翌日の朝になり、フェリシアは玄関でエルバートをお見送りする。
フェリシアが作った朝ご飯、エッグベネディクトを早く済ませて勤めに出ることを寝る前に聞いており、
朝はゆっくりできないから晩に一緒に食べることにしたのだと納得した。
けれど、今日のエルバートは勲章がたくさん付いた高貴な軍服を着て、髪をなぜか麻紐で一つにくくり、昨日とはまるで違う。
勤めに出る時はいつもこうしているのだろうか。
(いまだに、ご主人さまを直視出来ない……)
「なんだ? 何かあるなら言え」
「あ、の、今日は髪型が……」
「今日はルークス皇帝に呼ばれているからこの髪型にしている」
最高地位であるルークス皇帝に呼ばれているとなれば、昨日と違ってもなんら不思議ではない。
「そう、だったのですね」
納得すると、エルバートの手によって、三日月の形をした綺麗な宝石がいくつも煌(きらめ)いたネックレスを首に付けられる。
「え、あの、これは?」
「魔除けのネックレスだ」
「お前は料理の皿にいつも魔を祓う効果のある花を添えていた訳だが、他に何か身に付けていたものはあるか?」
「両親の形見である壊れたブローチを……」
(ほんとうはローゼ伯母さまに割られたのだけれど……)
「なら、今までは恐らく、花やブローチの効果により守られ、お前が不安に陥ることがあっても魔の力が増大する機会は間逃れていたのだろう」
「だが、これからはこのネックレスを常に身に付けるように」
「分かりました」
フェリシアが答えると、
「では行ってくる」
エルバートは玄関の扉を出て、
自分の高貴な馬に乗り、側近のディアムが後ろから馬を御して付き添う形で、
アルカディア皇国の宮殿へ勤めに向かった。
エルバートはユリシーズの封を解き、手紙を取り出し開く。エルバート帝爵、フェリシア嬢、この度はご結婚おめでとうございます。私はハロルドと共に牢を出て貧しい領土に追放され、その地の長と兵士として日々懸命に働いております。私共の命があるのはあなた方のおかげです。これからもおふたりの幸せを心より願っております。読み終わると、フェリシアの両目が潤む。「ユリシーズ殿下、ハロルド様と前を向かれていて良かった」「そうだな」エルバートはユリシーズの手紙をテーブルに置き、ローゼの封を解き、手紙を取り出し開ける。フェリシア、エルバート帝爵様とのご結婚おめでとう。あなたのおかげで毎日有意義に暮らせているわ。あなたは私の誇りよ。ラン、あなたの母もきっと喜んでいると思うわ。これからも頑張りなさいね。「これまでの謝罪もなしか」「良いんです、幸せに暮らせているのならそれで」「そうか、強くなったな」エルバートに頭をぽんと優しく叩かれ、フェリシアは微笑んだ。* * *そして、春が終わりを迎える日。エルバートをいつも通り玄関で待ち続けるも帰って来ない。隣のリリーシャに「エルバート様を驚かせましょう」と提案され、せっかく淡い色調の優雅なドレスを着てお洒落をしたのにこれでは意味がない。「フェリシア様、もうじき帰られますよ、きっと」「そうですね」リリーシャに言葉を返したその時。警備を兼ねながら庭の手入れをしていたクォーツが玄関から駆け入って来る。「只今、アルカディア宮殿の使いの者から手紙が」クォーツに手紙を差し出され受け取ると、その場で封を切って手紙を取り出し開く。至急、アルカディア宮殿付近の花海岸まで来て欲しい。手紙にはそのことだけが記されていた。(ご主人さまが手紙で助けを求めるということはよほどのこと)ルークス皇帝を乗っ取った魔よりも強い魔が現れ、窮地に立たされているとしか思えない。「クォーツさん、今からご
* * *新婚5日目の早朝――廊下を駆ける足音が響く。「ご主人さま!」フェリシアはあるものを手に持ち、居間にいるエルバートまで駆けていくと、エルバートがこちらを見る。「フェリシア、どうした?」「先程廊下でディアムさんから頂きました」フェリシアは手に持っているものを差し出す。するとエルバートは受け取り、その一面を見る。「私達のパレードの様子が書かれた新聞か。完成したのだな」「まだ勤めまで時間がある。ここで共に見よう」「は、はい」返事をし、エルバートとソファーに並んで座るとエルバートが新聞を広げる。新聞には、自分とエルバートの姿がまるで絵画のように美しく愛に満ちた雰囲気で描かれていた。それだけに留まらず、『アルカディア皇国を救ったエルバート帝爵様と祓い姫のフェリシア嬢、壮大かつ幸せなパレードを披露! 世界をも超える祝福に涙!』との事が書かれており、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいになる。「あ、あのご主人さま、ずっと気になっていたことが……」「なんだ?」「この結婚指輪は金でなくても大丈夫なのですか?」「あぁ、本来、貴族の結婚指輪は銀より価値の高い金で作るのが普通だ」「しかし、お前が私の髪の色が好きだと言ってくれた。それに応える為、金を銀に変えたのだ」(ご主人さま、わたしの為に……。嬉しいけれど……)「金を銀に変えたら貴族の指輪ではなくなるのでは……?」「あぁ、その通りだ。だから銀を使わず金に銀を混ぜて私の髪色に近いシルバーになるように特注で作ってくれとデザインを聞かれた時に頼み、出来たのがこの指輪だ」「そして、ダイヤも普通は輪の上に乗せるのだが、それだと引っ掛けたりして仕事にならない。よって指輪の中に埋め込むデザインにした」「それで満月のような形になったのですね」フェリシアは納得し、ふとエルバードから目線をずらすと、テーブルに置かれた2通の手紙に気づく。
* * *幸せなど訪れない。ましてや愛されることなどないと思っていた。けれど――――。「フェリシア、こちらを見ろ」フェリシアは玄関の外の扉前で頭を上げる。するとエルバートは優しく微笑み、早朝から手作りした昼食のサンドイッチが入った包みを受け取る。けれどそれだけに留まらず。頬に手をそっと触れられ、とろけるような甘い口づけをされた。その上、ディアム、リリーシャ、ラズール、クォーツに暖かな微笑みで見守られ、フェリシアは恥ずかしさでいっぱいになる。エルバートの唇が離れると、フェリシアは少し怒気を帯びた目でエルバートを見つめた。「も、もうっ! ご主人さま、朝からこんなところでっ」「夜だったら良いのか?」フェリシアは昨日の初めての夜のことを、抱き枕にされながら眠りに落ちていたことを思い返し、ますます顔が熱くなる。するとエルバートはふっと和やかな顔で笑い、昼食の包みを鞄の中に入れる。「では行ってくる」「行ってらっしゃいませ」微笑むと、エルバートに頭を優しくぽんされた。エルバートの瞳から愛されているのが伝わってくる。ご婚約の手紙を受け入れるしかなく、エルバートに尽すことを心に強く誓った日を懐かしいとさえ思う。(わたしは今、こうして、愛に、幸せに包まれている)* * *その晩のことだった。エルバートは朝とはまるで違い、不機嫌な顔でディアムを連れて帰ってきた。理由を聞きたいけれど、とても聞ける雰囲気では…………。「フェリシア様、大丈夫ですよ」「昼食が妻の手作り、しかもハムとチーズ、鹿の干し肉、ゆで卵、レタス、トマトを挟んだサンドイッチでさすが新婚さんは違うと、カイやシルヴィオ、メイド達に冷やかされただけですから」ディアムがスラスラと説明すると、エルバートがディアムに冷ややかな殺気を放つ。「いつものことですからどうかお気になさらず」ディアムが笑顔でフェリシアに向けて言うと、エルバートは
「軍師長、ついに結婚したんですねー」「冷酷な鬼神のエルバートが結婚か。信じられないな」ふたりの言葉に続き、近づいて来たゼインとクランドールにまでも。「私も同感です。エルバート様、無事にご結婚出来て良かったですね」「全くだ。ほんとに結婚出来て良かったな」フェリシアは恐る恐るエルバートの顔を見る。するとエルバートは冷酷な表情をなんとか堪えていた。「エルバートよ、散々な言われようだな」ルークス皇帝がエルバートに声をかけ、側近と共に近づいてくる。「フェリシア嬢、ご結婚、おめでとう」側近があえて本当の父のように挨拶し、エルバートの表情が更に危うくなる。「あ、ありがとうございます」フェリシアが返すとルークス皇帝は、ふっ、と笑う。「ルークス皇帝、何が可笑しいのですか?」「エルバートよ、すまない。だが、本日はほんとうにめでたい」「我が本日この場に立つことが出来たのはお前達ふたりのおかげだ。感謝する」「そして、エルバート、フェリシア、おめでとう」「これからもふたり力を合わせ、光の道を歩んで行かれよ」フェリシアとエルバートは涙を堪えながら静かに頷いた。* * *その日の夜。ふたり用の部屋からバルコニーへ出て、月を見つめる。互いにお風呂は済ませたものの、エルバートの銀色の長髪は微かに濡れており、いつもよりも色香が増している。対して自分はただただ恥ずかしい。「フェリシア、疲れていないか?」「大丈夫です」「本当か?」フェリシアはこくんと頷く。するとエルバートは顔を近づけてくる。フェリシアもまた顔を近づけ、唇が優しく触れ合う。エルバートに髪を掻き分けられ、初めての深く長いキスが降り注がれる。倒れそうになるとエルバートが唇を離し、体を支えられる。「ここではやはり大丈夫ではないな」エルバートにお姫様抱っこをされ、フェリシアはエルバートに抱きつく。そして優しく部屋のベッドに座らされ
* * *やがて婚姻の式が終わり、フェリシアはエルバートと共にアルカディア宮殿のバルコニーへと移る。ルークス皇帝も並ぶ中、エルバートと共に皇宮前広場に面したバルコニーに立ち、見守る民達に向けて手を振る。その後、宮殿内の華やかに装飾された荘厳な大階段まで移動し、エルバートに手を差し出され、その手に自分の手を添え、ルークス皇帝達に静かに見守られる中、フェリシアは一緒に階段を降り始める。フェリシアの光に映えたドレスの裾が優雅に流れ、ゆっくりと一段ずつ階段を降りていく。そして、階段を降りきり、扉から外に出た時。白き花弁がひらひらと美しく優雅に舞った。(お父さま、お母さま…………)花弁がまるで両親の祝福のように見え、フェリシアは涙ぐむも、婚礼パレードへと目まぐるしく移る。爽やかな春の青空の下、フェリシアとエルバートは高貴な白馬4頭立ての馬車に乗り、華やかな帝都の街でパレードの開幕を告げる華やかな音が鳴り響く。「ほら、エルバート帝爵様とフェリシア嬢がいらっしゃった!」「なんて素敵なおふたりなの!」横に参列する民達から感嘆の声が上がる中、フェリシア達は穏やかに微笑み、民達へ向けて手を振る。その瞬間、わっと沸き立つ大歓声と盛大な拍手が湧き上がり、民達の祝福の声が次々と響く。「エルバート帝爵様、フェリシア嬢、ご結婚おめでとうございます!」「これからもずっとおふたりが幸せでありますように!」皆が自分達を祝福してくれている。そして、エルバートに愛おしそうに微笑みかけられ、フェリシアもまた微笑み返し、しみじみ思う。ようやく、フェリシア・ブランに、エルバートの正式な花嫁、妻になれたのだと、愛して、愛されて、幸せだと。* * *パレードが済むと、しばらくして煌びやかな大広間にて晩餐会が開かれた。フェリシアは美しく華やかなドレス姿に、エルバートは高貴な貴族衣装の姿にそれぞれお色直しをして並び立ち、各テーブル席にはふたりで選んだ豪華な料理が並
* * *そして――、フェリシアは婚姻の式当日の朝を迎えた。2名の衛兵により扉が開かれ、豪華な装飾が施されたアルカディア宮殿の礼拝堂内に、壮大で華やかな生演奏が響き渡る。フェリシアは皇帝の側近リンクに手を添えた形で共に足を一歩踏み出し、入場する。神聖な空気に包まれたかのような美しい空間。華やかな花飾りに少し編み込まれた黒色の長髪が流れ、貴族の男女の子供に持たれた花付きのロングベールとリボンの下に何段も重なるロングトレーンの裾はふわりと広がり、そのまま長いカーペットの上をゆっくりと歩いていく。そんな中、特別な礼拝席に立つルークス皇帝。ディアム、ゼイン、クランドール。アベル、カイ、シルヴィオ。ノエルとシエル。リリーシャ、ラズール、クォーツ達。エルバートの両親のテオとステラ。招待客のシトラス、サフィラ。他にも貴族達がそれぞれ自席に立ち、自分達を静かに見守ってくれている。そして。エルバートがマントを左肩のみにかけ、内側にタスキをかけた白の正礼装の軍服姿で凛々しく背を向けて祭壇近くの右側に立つ姿が両目に映る。距離がだんだんと近づく度にエルバートの姿が鮮明となっていく。――ああ、あと少しで追いつき、隣に並ぶ。フェリシアは、祭壇に到達した。添えていた手を皇帝の側近からエルバートに渡され、右側に迎え入れられ、祭壇の前で向き合い、再び前を向く。するとユナイトが愛の教えを述べ、神に祈りを捧げ、「神を前に永遠の愛を誓うか?」と尋ねられ、エルバートが誓いの言葉を述べる。「アルカディアの神よ、アルカディア皇国帝爵、エルバート・ブランはフェリシア・フローレンス嬢の夫となることをここに深く誓います」続けてフェリシアも誓いの言葉を述べる。「アルカディアの神よ、令嬢、フェリシア・フローレンスはエルバート・ブラン帝爵の妻となることをここに深く誓います」こうして互いに強く誓約すると、間もなくして、指輪交換の儀へと移る。高貴な宝箱の上に完成した結婚指輪が2つ置かれ、フェリシアはその指輪を見て、